<一話・日常茶飯事>
カーテンの隙間から入り込んできた日の光が眩しくて目をゆっくりと開けると、いつもと変わらない見慣れた部屋が目の前に広がっていた。
ゆっくりと体を起こし、雄太はぐぐっと小さな体を伸ばして時計に目を向ける。
時刻は6時30分。
微かに聞こえる雀の鳴き声と兄である俊彦が朝食を準備している音。
トントントンというリズムが心地よい。
しばらくその音をボーッとしながら聞いていると、鼻孔をくすぐる匂いが漂ってきた。
「・・・いい匂い」
その匂いに誘われるままに部屋を出て階段を降りていく。
そして、居間のドアを開けると。
「おはよう、雄太」
ダイニングテーブルのイスに座って新聞を読んでいた史規が笑顔で雄太に声をかけてきた。
「おはよう、史兄」
雄太も笑顔で挨拶を返し、史規に近づいていく。
そして、史規は雄太の柔らかい髪を撫でて頬にキスをした。
「雄太、おはよう」
ふいに、台所からエプロンをつけた俊彦が顔を出す。
「おはよう、俊兄」
「おいで」
やわらかい笑顔で手招きをされ、嬉しそうに俊彦に駆け寄る雄太。
そんな雄太が可愛くて仕方ないのか、自然に俊彦の頬がゆるんだ。
そして、史規がしたのと同じように雄太の頬にキスをする。
「俊兄、ご飯何?」
「野菜スープとオムレツとトーストやで」
「オムレツなん!?」
「雄太、好きやろ?」
「うんっ」
この家の食事を作るのは俊彦の役割だ。
しかし、末弟である雄太を溺愛するばかりにそのメニューは雄太の食べたいものや好きなものに偏りがちである。
それで他の兄弟は文句を言わないのか?と思うだろうが・・・文句など言うはずがないのだ。
何故なら、兄弟全員が雄太を溺愛しているから。
「雄太、顔洗ってこい」
「うん」
俊彦に言われるまま、雄太は風呂場の方にある洗面台へと向かう。
すると、すでにそこには先客がいて・・・。
「あ、亮兄!」
「んー・・・」
雄太と一番年が近い兄、亮廣がボーッとしながら立っていた。
しかし、雄太の姿を見るなり。
「うわぁ!?」
ガバッと抱きついてきたのだ。
「ちょ、亮兄!?」
「雄太ーvv今日もかわええ・・・」
「な、何言うてんねん!は、はなしてっ・・」
「嫌や・・・」
その時である。
どかっ!!
「ぐえっ!?」
亮廣の体が床に倒れ込む。
当然、抱きしめられたままの雄太も倒れてしまう。
「お、重い・・・」
「雄太、ほら」
「あ・・・・広兄」
雄太に手を差しのべたのは亮廣を蹴り倒した張本人である広文。
小さい体のどこに自分よりも大きい弟を蹴り倒せる力があるのだろうか?
「大丈夫やったか?」
「あんまり、大丈夫やないよ」
「まぁ、変態は殺しといたからな」
「殺したらあかんよ、広兄」
「雄太」
「え?」
名前を呼んで頬にキスをすると、広文はニッコリと何処か黒い微笑みを浮かべた。
「おはよう」
「あ・・おはよう」
「早く顔洗い?」
「うん・・・」
「それは生ゴミに出しといたるしな」
兄の発言とは思えない。
しかし、その言葉により亮廣がゆっくりと身を起こす。
「広兄・・・いきなり蹴るなんて酷いやんか!」
「なんや、生きてたん?」
「生きてるわ!」
「死んでおけばええものを。そないに頑張る必要ないから死んどけ」
そんな言い合いのなか、顔を洗い終えた雄太は着替える為に自分の部屋へと向かう。
が、その前に貴志の部屋へよった。
「たぁ兄?朝やでー」
兄弟の中で一番寝起きが悪い貴志を起こすのは雄太の役目だ。
というか、雄太が勝手にしているだけなのだが。
兄弟の中で貴志を起こしてやろうなどと思う者はいない。
「たぁ兄?入るでー?」
静かにドアを開ける。
薄暗く、物が散らかった部屋の隅に置いてあるベッドが山になっていた。
「たぁ兄?起きてやー」
ゆっくり近寄って布団を揺さぶる。
「・・・んぅ・・・」
わずかに体を動かし、貴志が眠そうに顔を出した。
「たぁ兄、起きた?」
「雄太?」
「そうやで」
「・・・」
「ご飯だから起きて?」
「一緒に寝ようやぁ」
「あかんって!起きて!」
「・・・つれへんな」
つまらなそうに呟き、貴志が体を起こす。
そして、雄太を抱き寄せて他の兄弟と同じように頬にキスをした。
「おはよう、雄太」
「おはよう、たぁ兄」
くしゃっとした笑顔を浮かべ、雄太の頭を撫でる。
雄太は貴志のこの笑顔が好きだった。
幼い頃、両親を同時に交通事故で亡くし、幼い雄太をここまで育ててくれたのは兄たちだ。
しかし、それ以上に貴志は雄太にとって父親のような存在でもある。
「雄太、まだパジャマなん?」
「これから着替えるで」
「・・・着替えさしたろか?」
「たぁ兄・・・おっさんくさいで!」
「冗談やんか」
雄太は可愛いなぁ、と笑う貴志を睨みつけるが・・・。
はっきり言って睨みつけているとは言えない。
むしろ、上目使いになっているので可愛さ倍増だ。
「・・・雄太」
「え?」
「ほんま、可愛すぎやで?」
「な、何言うて・・・ちょ、たぁ兄!?」
ベッドに押し倒される形となってしまい、雄太は驚きの声をあげる。
「まだ寝ぼけてるん!?」
「どうやろなー?」
その時である。
ばんっ!とドアが開けられた。
ただよらぬ気配を感じ、貴志が恐る恐る振り返ると。
「・・・たぁ兄・・・?」
エプロンをつけたままの俊彦が立っていた。
「と、俊!?」
「何してんねん!ボケぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
早朝から響く長男の叫び声。
その叫び声を、平然と聞きながら茶をすする他の兄弟たち。
中川家の日常は、こんなものである。
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コメント
あっはははははは!
笑うしかないです。
はははっ!
逃げまーす!(逃亡)